« 映画 『50/50(フィフティ・フィフティ)』 | トップページ | 東京YWCAの”encoreアンコア”について »

2011-12-04

女流歌人 河野裕子さん

フォームの始まり

こんにちは。師走を迎え、陽だまりをさがしてしまうこの頃、紅葉狩りはなさいましたか?

今日は、妻として、母として、1人の女性として、そしてがんを抱えてもなお、そのみずみずしい感性を詠った歌人・河野裕子さんをご紹介します。 

一日に何度も笑ふ笑ひ声と笑ひ顔を君に残すため」―河野裕子

一日が過ぎれば一日が減ってゆく君との時間 もうすぐ夏至だ」―永田和宏

相聞歌―愛し合う者同士が互いの思いを伝え合う短歌の事だ。その女流歌人は恋人時代から、40年余りの長きにわたって、夫の間で相聞を交わし、病を得た後も自らの思いを歌に託し続けた。

2人の間で交わされた相聞歌は1000首近くにも及ぶ。冒頭の歌はその中で2008年7月、乳がんの再発が判明した後に、夫への思いを詠んだ歌である。

京都大学名誉教授で自らも歌壇の重鎮でもある夫の永田和宏さん、やはり歌人として知られる長男淳さん、長女紅さんに見守られながら、歌人はまるで息をするかのように、死の直前まで歌い続けた。

河野さんの左乳房に卵の大きさほどのしこりが見つかったのは00年の9月の事である。

永田さんは当初、河野さんのがん罹患の公表をためらっていた。しかし、河野さんは「隠し事をしていると言葉が濁ってしまう」とがんの歌を詠んだ。それはあるいは病気を真っ向から受け止めようという河野さんの決意表明だったかもしれない。そうして河野さんは、病をも題材にして、歌作りに取り組み続ける。

生きてゆくとことんまでを生き抜いてそれから先は君に任せる

歌は残った。歌に託された思いは家族の間で、そして短歌を作る多くの人々の心の中で、いつまでも生き続けている。

著書多数、ぜひ手にとって冬の夜に…

たとへば君 ~四十年の恋歌~」 

著 河野裕子・永田和宏 文藝春秋フォームの終わり

フォームの始まり

こんにちは。師走を迎え、陽だまりをさがしてしまうこの頃、紅葉狩りはなさいましたか?

今日は、妻として、母として、1人の女性として、そしてがんを抱えてもなお、そのみずみずしい感性を詠った歌人・河野裕子さんをご紹介します。 

一日に何度も笑ふ笑ひ声と笑ひ顔を君に残すため」―河野裕子

一日が過ぎれば一日が減ってゆく君との時間 もうすぐ夏至だ」―永田和宏

相聞歌―愛し合う者同士が互いの思いを伝え合う短歌の事だ。その女流歌人は恋人時代から、40年余りの長きにわたって、夫の間で相聞を交わし、病を得た後も自らの思いを歌に託し続けた。

2人の間で交わされた相聞歌は1000首近くにも及ぶ。冒頭の歌はその中で2008年7月、乳がんの再発が判明した後に、夫への思いを詠んだ歌である。

京都大学名誉教授で自らも歌壇の重鎮でもある夫の永田和宏さん、やはり歌人として知られる長男淳さん、長女紅さんに見守られながら、歌人はまるで息をするかのように、死の直前まで歌い続けた。

河野さんの左乳房に卵の大きさほどのしこりが見つかったのは00年の9月の事である。

永田さんは当初、河野さんのがん罹患の公表をためらっていた。しかし、河野さんは「隠し事をしていると言葉が濁ってしまう」とがんの歌を詠んだ。それはあるいは病気を真っ向から受け止めようという河野さんの決意表明だったかもしれない。そうして河野さんは、病をも題材にして、歌作りに取り組み続ける。

生きてゆくとことんまでを生き抜いてそれから先は君に任せる

歌は残った。歌に託された思いは家族の間で、そして短歌を作る多くの人々の心の中で、いつまでも生き続けている。

著書多数、ぜひ手にとって冬の夜に…

たとへば君 ~四十年の恋歌~」 

著 河野裕子・永田和宏 文藝春秋フォームの終わり

|

« 映画 『50/50(フィフティ・フィフティ)』 | トップページ | 東京YWCAの”encoreアンコア”について »

耳より情報」カテゴリの記事

コメント

40年もの間、お互いを想い、歌を詠み続けるなんて
本当に素敵ですね。

 でも、その歌はとても切なくて、哀しいものに、、。
お二人の苦悩、葛藤は計り知れない、、。
心に沁みます。


 

投稿: ミツえもん | 2011-12-07 21:36

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 映画 『50/50(フィフティ・フィフティ)』 | トップページ | 東京YWCAの”encoreアンコア”について »